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スマートフォンや家電製品などは簡単に壊れては困ります。
メーカでは、想定している環境で製品が壊れないことを設計計算だけでなく、実際に試験を行って確認しています。
そのような製品の試験で必須な装置が恒温恒湿槽です。
筆者(走る園児)が勤務する会社(メーカ)でも恒温恒湿槽を数100台保有しており、日々多くの技術者が恒温恒湿槽を使って新製品の評価をしています。
恒温恒湿槽の操作方法はとても簡単でなので新人技術者でもすぐに使うことができるのですが、絶対にダメな使い方があります。
この絶対にダメな使い方で試験をしてしまうと、恒温恒湿槽が壊れたり、間違った評価結果になってしまう可能性があります。
今回の記事は恒温恒湿槽の絶対にしてはダメなことを解説します。
恒温恒湿槽を使ったことが無い方はもちろんですが、今まで恒温恒湿槽を使っていたけれども詳しく知らない方にも有益な情報です。
・新人技術者
・恒温槽を使ったことがある方
・恒温槽の構造、原理に興味がある方

5分程度で読めます。
是非、最後まで読んでくださいね。
恒温恒湿槽とは

恒温槽 <出展;ESPEC(株)HP>
恒温恒湿槽を一言で表現すると、いろいろな気温と湿度を自由に作り出すことが出来る装置です。
地球上の厳しい環境を実験室内の高温高湿槽内に自由に再現することができます。
恒温恒湿槽は環境試験装置とも呼ばれています。
「極寒の南極」、「高温多湿のジャングル」、「高温で乾燥した砂漠」など自由に作り出すことができるのです。
恒温恒湿槽の機能(仕様)
恒温恒湿槽の機能はメーカや型式によってさまざまです。
国内シャアNo.1の恒温恒湿槽メーカのエスペック(株)の製品ラインナップを例に紹介したいと思います。
温度(気温)の仕様範囲
温度設定範囲はー40℃~150℃が標準的な仕様です。
低温はー70℃まで設定が可能で、高温は180℃まで設定できる型式もあります。
地球上でもっとも寒い南極大陸の冬の平均気温がー20℃、反対にもっとも暑い砂漠地帯の夏の平均気温が45℃ですから、恒温恒湿槽は地球上ではあり得ない温度環境まで作り出すことが出来るのです。
なぜ?そんなに過剰な温度範囲まで設定できるのか?
その答えは、恒温恒湿槽は加速試験を実施するからなのです。
加速試験とは
製品が10年間壊れないことを確認するためには、厳しい環境(温度、湿度)で10年間ずっと試験を行う必要があります。
つまり製品が使われる最も高い温度や低い温度、湿度に恒温恒湿槽を設定して10年間試験をし続ける必要があるのです。
しかし、試験で合格するのか?不合格になるのか?の判断を10年もかかっていたのでは、開発した製品の販売が10年後になってしまいます。
いくら最新の機能がある魅力的な製品でも販売が10年後になってしまったら全く商売になりません。
そこで、10年もかけずに短時間に製品の良し悪しを試験確認するニーズが生まれ、この評価時間を短縮する試験を加速試験いいます。
加速試験の考え方は実際に想定される厳しい温度よりも更に厳しい温度で試験を行うことで、試験時間を短縮する考え方です。
評価する時間を短縮する加速試験の考え方で多く使われているのが、「10℃2倍則」と呼ばれている加速試験の目安的な考えです。
10℃2倍則は、温度が10℃上昇(下降)すると、材料の劣化のスピードが2倍・寿命が半減するという経験則です。
つまり、20℃の環境で5年間使う製品の試験は、この10℃2倍則の考え方を使うと、恒温恒湿槽を使って30℃で試験を行えば30℃は20℃+10℃になるので、1/2の2年半に加速することができます
もし、80℃の評価試験であれば、20℃+60℃(1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2)になるので、1/64×5年=約29日に加速することが出来るのです。
5年の評価時間をたった1カ月に短縮できるのです。
恒温恒湿槽を購入する際には加速試験を実施することを想定して製品の使用温度範囲よりもさらに高低温まで設定できる恒温恒湿槽を選ぶことをおすすめします。
湿度について
湿度に関しても温恒湿槽の型式によって異なりますが、恒温恒湿槽で制御可能な最低湿度は5%Rh。最高湿度は98%Rhです。
%Rhとは相対湿度(Relative humidity)のことです。
なぜ? 5%Rh以下の湿度は仕様外になっているのかというと5%Rh以下に湿度を制御することは非常に難しいことが原因です。
恒温槽内には温湿度センサー用の水(ウイック用の水)や加湿皿に水があるため、たとえ加湿器の出力がゼロであってもこれらの水が自然蒸発するため、5%Rh以下の湿度制御は仕様外となっています。
装置の仕様外ですが、以下の5点を行うことで可能な限り5%Rh以下にすることはできます。
- 事前に乾燥運転を行う(直前使用が温湿度運転の場合)
- 相対湿度の設定(湿度制御)をOFFにする
- 加湿水を排水する(排水設定を自動に設定または手動操作する)
- 冷凍機を稼働させる(除湿効果)
- ウイックへの給水を停止する。(0℃以上で湿度のモニターが必要な場合は給水しておく)
※ウイック:湿度を測定するための湿球温度センサー用のガーゼ
恒温恒湿槽の原理(構造)
恒温恒湿槽は試験槽エリアと温調機器エリアで構成されています。
試料を入れて試験をするのが試験槽エリアといい
温度、湿度を作り出す機器が収まっているエリアが温調機器エリアです。
試験槽エリアと温調機器エリア以外のスペースには温調機器エリア内の機器に通電、制御するための電気機器や圧縮機などが収まっています。

恒温恒湿槽の構造
試験槽エリアの温度、湿度は温湿度調整機器エリア内の機器から発生した熱や水蒸気を試験槽エリアから空気を循環させることで設定した温湿度に制御しています。
例えば、気温を85℃、湿度85%Rhに設定した場合、温湿度調整機器エリア内のヒータが加熱、加湿水を加湿ヒータで加熱蒸発させて、試験槽エリアと温湿度調整機器エリアの空気を循環させることで温度と湿度を高めていきます。
試験槽エリアにある乾湿球温度センサーが設定温湿度にセンシングしています。
恒温恒湿槽の温湿度調節の肝は空気の循環なのです。
乾湿球温度センサーとは
恒温恒湿槽試験槽エリアの上部通気口に設置されている2対の白金抵抗体温度センサーです。
1本のセンサーは空気温度をそのまま測定(乾球)しているのに対して、
もう1本は湿ったガーゼ(ウィッグ)でセンサーを覆っています。
湿度が低い場合は湿ったガーゼの水が蒸発し易いので、水の蒸発とともに熱を奪います(気化熱)。
このように湿球は周囲の湿度に依存して温度が変化するので、同じ部屋の温度を乾球と湿球で測定しても温度が異なり、この温度差から湿度を計算で求めることが出来るのです。
このような原理で恒温恒湿槽は槽内の温度と湿度を測定しています。
絶対ダメな使い方(使用上の注意)
とても便利で製品開発には無くてはならない恒温恒湿槽ですが、絶対にダメな4つのポイントがあります。
②空気の流れに配慮すること
③試料以外の高分子材料を入れないこと
④試料以外の高分子材料を入れないこと

これら4つの注意すべきポイントについて
くわしく解説しますね
①水は純水を使うこと(水道水、超純水はダメ)
加湿用の水に水道水を使っては絶対にダメです。
水道水にはシリカが含まれているからです。
水道水も元は雨水です。雨水は地表や地下を流れる際に土壌中の様々な成分が溶け込みます。日本は火山国であるため、火山由来の岩石の主成分であるシリカが雨水に溶け込み水道水になってもシリカが多く含まれているのです。
シリカを多く含んだ水道水を加湿用の水タンクに入れると加湿運転で水道水が蒸発したあとには加湿ヒータの表面にシリカが残留してしまいます。これを何度も繰り返すことで加湿ヒータの表面にはシリカの分厚い層が蓄積します。
シリカは熱伝導性が低いため加湿ヒータの熱が水に伝わり難くなり、加湿効率が下がってしまうのです。
また、水に熱が伝わらないということは反対に加湿ヒータの温度が高くなってしまい加湿ヒータの寿命が低下し故障リスクが高まってしまいます。
恒温恒湿槽には絶対に水道水を使わないようにしましょう。
水道水がダメならどんな水を使ったらよいか?
加湿用の水にはシリカが含まれていない純水(電気伝導率(導電率)が0.1~10μS/cm)を用いる必要があります。
また、純水の不純物をさらに取り除いた超純水(電気伝導率(導電率)が0.1μS/cm未満)を使用するのもダメです。
純水よりも更に不純物を取り除いた超純水も加湿用の水には使えません。超純水を使用すると恒温恒湿槽の水回路内の部品に使われている金属が溶け出し、最悪の場合は穴が開いて水漏れが起こるリスクが高まるためです。
②空気の流れを妨げないように試料を置くこと
恒温恒湿槽の原理で解説したように、恒温恒湿槽は空気を循環させることで槽内の温度と湿度をコントロールしているので、槽内の空気の流れが滞るように試料やマットなどを置かないようにしましょう。
空気の流れが滞ると温度や湿度のコントロールができなくなってしまいます。
この使い方の厄介なことは、恒温恒湿槽の温度センサーは1か所にしかありませんから、槽内全体の温湿度のコントロールが出来ていないことを検知することはできないので、アラームや異常表示などは発報されず使用者は全く異常な試験をしていることに最後まで気付かない可能性が高いのです。
散見される使い方としては、通電する試料を高温高湿槽に入れて試験する場合に金属製の試料台に漏電することを防ぐため、試料棚と試料の間に絶縁材のシートを置くのですが、試料棚全面を覆ってしまうような大きなシートを置いている若い技術者が多いです。
試料台を完全に覆ってしまうと槽内の空気の流れが滞りますので設定した温度、湿度に制御できていない可能性が高いです。
シートを使わない場合でも試料が大きい、または試料の数が多く試料棚を塞いでしまうようなことにならないよう試料を試料棚に並べる際には槽内の空気の流れが円滑になるよう配慮しましょう。
③試料以外の高分子材料(ゴム、プラスチック、木材)は入れないこと
試料棚は風通しを良くするために、金属製(SUS製)の網棚になっているので、試料棚は電気を通します。
試料に通電しながら試験を行う場合には試料棚に絶縁のためにゴムやプラスチック、木材などの高分子材料には様々な添加剤や薬剤が入っている場合が多く、気温が高くなればなるほどそれらの物質がガス化(アウトガス)やブルームするなど高分子材料から出てきます。
アウトガスやブルームする物質は様々ですが、試料の金属部が腐食したり、接点部が絶縁されて通電不良になるなどの経験があります。
出来る限り、試料以外の高分子材料は恒温恒湿槽に入れることを避けた方が望ましいのですが、試料に通電する場合にはどうしても金属棚を絶縁するために高分子材料を入れざるを得ない場合があります。
そのような場合には、アウトガスやブルームが少ない安定した熱硬化性プラスチックにしましょう。
また、熱硬化性プラスチックでもアウトガスは発生するので、事前に試験温度以上の温度にさらし十分アウトガスを出す前処理をしてあげることが重要です。
④試料を床に直置きしないこと
恒温槽の壁や床は厳しい温度、湿度環境にも腐食せずに耐えられるようにステンレスで作られており、熱容量も大きいです。
温度変化を伴う条件の試験を行う場合、空気温度に比べて熱容量が大きいために温度変化が緩やかになります。
温度変化が緩やかになるということは定められた試験条件で試験を行っていないことになりますので、緩い試験を行い合否判断を誤るリスクがあります。
また、反対に異なるストレスを加えた試験になってしまう可能性もあります。槽内温度を低温から高温に変化させる場合には試料の熱容量が大きいと試料が槽内の空気温度と比較して低温になってしまい、試料に結露が生じてしてしまう問題を起こすような問題です。
このような問題を起こさないためにも試料は試料棚に風通し良く置いて温度変化がスピーディになるよう配慮が必要なのです。

開発、評価に必須の恒温恒湿槽の原理や使用上の注意事項を解説しました。
コメント頂ければ嬉しいです。
コメント
わかりやすく説明していただいてとても勉強になります。
仕事でもあまり意識せず使用していました。
恒温槽の中身について教えてほしいんですが、試験層を高温にするときや高温をキープし続けるときも冷凍機というものは毎回使われているのでしょうか?
低温状態を作るとき以外も絵では使われていますよね?冷凍機がそもそもわかっていない質問でしたらすいません
まき様
ブログを読んで頂きありがとうございます!!
このようなコメントはとても励みになります。
さて、お問い合わせ頂いた内容について回答させていただきます。
まず冷凍機について
冷凍機とは、簡単にいうと冷房専用のエアコンですね。
エアコンは冷房運転すると部屋の温度が下がりますが、反対に屋外の室外機から部屋の熱を排熱しています。
これはヒートポンプと呼ばれている技術でして、恒温槽の冷凍機もヒートポンプなのです。
ブログの記事の図で冷凍機と表現したのは、エアコンの室内機に相当する機器です。
エアコンの室外機に相当する機器は恒温槽では試験槽外に隠れています。
冷凍機が作動しているときは、エアコンの室外機が排熱しているように槽外に排熱しています。
恒温槽の天面から排熱の温風が出ているときは冷凍機が作動しています。
次のご質問(高温時にも冷凍機が作動しているか?)について回答します
結論から申し上げると、いつもではないですが作動しています が答えになります
低温から高温に一気に温度上昇させる際には冷凍機は停止しています。
しかし、一旦、高温の設定値に到達したらできるだけ温度を一定に保つ制御をします。
そのような制御中はヒータと冷凍機の出力比を調整しながら温度調節しているのです。
このような内容でお問い合わせの回答になっていますでしょうか?
今後も何かありましたらコメントいただけると幸いです。
走るエンジニア
回答ありがとうございます。
せっかく熱したのに目標温度より大きくなったりするときに冷凍機を使うのですね。
ヒータonoffだけで調整できたら恒温槽も安くなりそうだけど、やはり技術的に難しいものなのでしょうか。なんかもったいないですね。片方で冷やして、片方で熱した試験が同時にできたらいいんですけどね。